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No.4520 今般成立の「認知症基本法」がもたらすもの

● 当事者の意思決定を施策等に反映させる

 2023年6月14日、通常国会で「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が全会一致で可決・成立した。その概要をひと言でいえば、国や自治体が認知症関連施策を打ち出す際の基本的な理念や責務を定めたもの。理念の柱は、「認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らす」ことにある。

 また、単に「認知症の人への支援」だけでなく、「認知症の人を含めた国民一人一人がその個性と能力を十分に発揮し、相互に人格と個性を尊重しつつ支え合いながら共生する活力ある社会の実現を推進すること」を法律の目的として明記している。冒頭で示した法律名に「共生社会の実現を推進するための」という前置きがあるのも、この目的を明らかにしたゆえだ。

 これが何を意味するかといえば、「認知症」を「わが事」として受け止めるための風土形成はもちろん、認知症の当事者を含めた「人格と個性」の尊重により、当事者の意思決定を施策にも反映させることにある。

 たとえば、国には認知症施策推進のための基本計画の策定を義務づけているが、その策定に際し、認知症の本人および家族も参加する認知症施策推進関係者会議の意見を聞かなければならない。また、計画に定める基本施策の中には、「認知症の人の意思決定の支援」が盛り込まれる。認知症関連の研究・調査を行なう際にも、本人や家族の参加の促進が明記された。専門的研究に際し、本人・家族を「蚊帳の外」に置くことは許されないわけだ。

● 過去にも同趣旨の法案が出されたが廃案に

 ちなみに、認知症基本法については、2019年6月に同趣旨の議員立法案が国会に提出されている。この時は与党議員だけで法案作成が進められたため、議員立法では特にカギとなる野党を含めた全議員や多くの関係者の理解を得ることに手間取った。折しも新型コロナウイルス感染症の拡大により、その対策法案にかかる審議が優先され、結局「審議未了」のまま廃案となった経緯がある。

 もっとも、認知症関連の基本法は、決して「後回し」にしていい法律ではない。国の推計で、2025年には認知症の人は最大で65歳以上の20.0%に達するとされる。まさに認知症は国民的課題であり、本人・家族支援のためのさらなる施策充実が求められている。だが、それらの施策により「何を目指すのか」をきちんと定める法律がないと、時として当事者視点に乏しい施策によって「認知症の人の尊厳」が損なわれる恐れも生じかねない。

 実際、今回のような基本法がないまま国による施策が先行したことにより、紆余曲折が生じたケースもある。たとえば、政府による2019年の認知症施策推進大綱をめぐっては、その策定過程において、当事者団体などから(たとえば、「予防」の考え方などについて)懸念が発せられるケースも見られた。

● 旧法案反省を踏まえた慎重な合意プロセス

 こうした中、再び認知症基本法の策定気運が高まったわけだが、旧法案の廃案経緯の反省を踏まえ、今回は事前に国会の全政党の議員が参加する「認知症議員連盟」が発足された。そこで議論や関係団体(認知症の当事者団体や支援団体など)からのヒアリングを積み重ねたうえで法案作成に至っている。「全会一致」となったのは、そうした地道な取組みが下支えになったと言っていい。

 マイナンバーをめぐる混乱などで、国の施策に対する国民の不信感が高まっている。だが、地道な合意プロセスを踏めば、国民的課題の解決に向けて大きな一歩が踏み出せるという希望を今回の認知症基本法が示しているようだ。

参照: 衆議院 ●共生社会の実現を推進するための認知症基本法案

2023.08.07

田中 元(たなか・はじめ)

 介護福祉ジャーナリスト。群馬県出身。立教大学法学部卒業後、出版社勤務を経てフリーに。高齢者介護分野を中心に、社会保障制度のあり方を現場視点で検証するというスタンスで取材、執筆活動を展開している。
 主な著書に、『2018年度 改正介護保険のポイントがひと目でわかる本』『《全図解》ケアマネ&介護リーダーのための「多職種連携」がうまくいくルールとマナー』(ぱる出版)など多数。

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